東京高等裁判所 昭和39年(う)1431号 判決
被告人 上林一郎 外五名
〔抄 録〕
本件控訴の趣意は東京地方検察庁検察官検事布施健名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、被告人石川の弁護人飯山悦治の答弁の趣意は同人提出の答弁書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
所論は先ず原判決が(イ)昭和三十八年十一月十六日付起訴状公訴事実第二(一)(二)第三(二)同年十一月二十五日付起訴状公訴事実第一(二)における十月三日同四日同十八日のいわゆる乗り込みのための接近行為及び(ロ)同年十一月十六日付起訴状公訴事実第三(一)同年十一月二十五日付起訴状公訴事実第一(一)における十月十六日のいわゆる追跡行為については右(イ)は罪とならないものとし、また右(ロ)は犯罪の証明がないとしていずれも無罪の言渡をしたのは、前者については略取罪の実行の着手に関する法令の解釈を誤つた違法があり、後者については事実を誤認し並びに略取罪の実行の着手に関する法令の解釈適用を誤つた違法があつて、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張するのである。
よつて以下論旨に従つて判断するに、右十月三日、四日、十八日のいわゆる乗り込みのための接近行為についての本件公訴事実の要旨は(一)被告人上林、同白浜、同岩山、同石川は花房誠明、川崎丈夫と共謀の上、東京都世田谷区玉川上野毛町百十番地島津久永の妻貴子(以下夫人と略称)を略取して同人を埼玉県飯能方面に拉致した上その家族から多額の身代金を奪取しようと企て、昭和三十八年九月二十八日頃から同年十月二日頃までの間、熱海市所在の玉の湯ホテル、東京都浅草公園内新世界等において、夫人略取の方法等について謀議を重ねた末、石川が隣家五島家からの使いを装い、島津家に赴いて家人をして門戸を開扉させ、同人及び岩山、白浜、上林、花房、川崎らが続いて同家内に侵入し家人を脅迫し、縛り上げるなどしてその反抗を抑圧し、夫人を上林が運転する自動車に連れ込み、飯能市方面に拉致した上、身代金を要求する方法を決め、その用具等としてナイフ三挺、麻紐、針金若干、晒布一反、絆創膏数個、マスク数個等を買い求め、更に刃渡り約五十二糎の日本刀一振を準備し、(1)同年十月三日午後七時頃島津家の夕食時を狙い同家附近に到り被告人石川がナイフを、同岩山が日本刀を、同白浜及び花房、川崎が各ナイフを、更に各自が針金、麻紐、晒布切、絆創膏等を携え上林と共に同家に接近し、同家裏木戸から押し入るべくこれを開こうとした際、同家邸内から突如予期しなかつた犬が吠えはじめたため、家人らに騒がれ事が成就しないことを危惧して引き返し、その目的を遂げず、(2)同月四日午後七時頃再度島津家附近から右(1)記載のとおりそれぞれ日本刀、ナイフ、針金等を携えて上林、石川、岩山、白浜、花房、川崎が同家に押入るべく同家表門及び裏木戸に接近したが、偶々同所に通行人があつたため、犯行を警察などに通報され事が成就しないことを危惧して引き返しその目的を遂げず、(二)被告人上林、同石川、同宇佐美、同福嶋は共謀の上、前同様の企図に基き同年十月十三、四日頃、熱海市伊豆山所在の銀扇楼等において夫人略取の方法等について謀議を重ねた末、上林、石川が前記五島家からの使いを装い、島津家に赴いて同家出入口を開扉させ、同所より同人ら両名及び宇佐美、福嶋が同家内に侵入して家人等を脅迫し、縛り上げるなどしてその反抗を抑圧した上、夫人を上林の運転する自動車に連れ込み略取しようと計画し、同月十八日正午頃島津家附近に到り被告人宇佐美が日本刀を、同上林、同石川、同福嶋が各ナイフを、更にそれぞれ針金、麻紐、晒布切、絆創膏などを携えて同家に向い、同家裏木戸から押し入るべくこれに接近したが、偶々同所附近に通行人があつたため、犯行を警察などに通報され事が成就しないことを危惧して引き返し、その目的を遂げなかつたものであると云うにあり、これに対し、原判決は右各公訴事実は各関係証拠によつてこれを認めることができ、被告人らの「略取の犯意については何ら疑問の余地はない」としたことは所論のとおりであり、且つこれらを無罪とした理由について「被告人らは十月四日、十八日は島津方居宅への侵入行為にすら着手したものといえないことは明らかであり、十月三日についても石川において同家外塀にしつらえられた裏木戸に手をかけようとしたに止まり、これらの段階においては、未だ夫人を略取するための暴行、脅迫があつたといえないことは勿論、これらに接着する行為に出たということもできないので略取の着手があつたと解することはできない」から右事実はいずれも罪とな
一、らないものと判示したことも所論のとおりであるところ、所論は刑法第二百二十五条における営利略取罪の成立については右各所為の程度において各同罪の実行の着手があつたものである、すなわち、右十月三日、四日、十八日の各犯行について上林を中心とする被告人らが夫人略取の計画を実行するための謀議を重ね日本刀を用意し、ペテイナイフ、針金、麻紐、絆創膏等を買い整え島津家附近まで自家用車で乗りつけた時に、既にその準備行為は完了したとみるべきで、更に進んで同所から各自が定められた役割に従い日本刀、ナイフ、針金、麻紐、絆創膏等を携帯して島津家裏木戸ないし表門に向つて接近した行為は、既に結果発生の危険性の現実化した段階に入つており、被告人らの計画した犯行の実行行為に接着する行為の遂行に入つたもの、即ち構成要件該当行為に密接する行為に及んだものといわなければならないと主張し、詳細な議論を展開しているのであるが、そもそも犯罪の実行の着手があるとするには、構成要件該当行為の一部又はこれに密接する行為をなしたことを要し、右密接行為の内容、時期については各犯罪構成要件に即し各具体的事案について諸般の状況により判定すべきものといわなければならないところ、本件記録によれば、被告人らは十月三日夫人を略取する為の方法として(一)島津家の家族全員が食堂に集つている食事時を狙つて(二)裏木戸から勝手口前に至り(三)隣家五島家の使いを装つて女中に勝手口の戸を開かせ(四)夫人の在宅を確めた上(五)家人並びに夫人の居る食堂に押入り家人全員を脅迫して所携の麻紐、針金で縛り上げ更に目隠、猿轡をした上(六)上林が屋内に入り既に縛り上げ目隠等をした夫人を自己の運転する自家用車に乗せて、監禁場所に連行すると云うのであり、十月四日、十八日の犯行についても略これと同様の手筈を定めていたところ、十月三日には石川、岩山が裏木戸前に至り石川が右木戸を開けて押入るべくその把手に手をかけようとした瞬間邸内から突如予期しなかつた番犬が吠えはじめたため家人に騒がれて事が成就しないことを危惧して裏木戸前を立去つたものであり十月四日は表門と裏木戸より邸内に入るべく石川、岩山、上林が裏木戸前を通つて表門附近に至り、白浜が裏木戸前附近に至つたとき偶々裏木戸附近に子供を抱いた婦人が通りかかり不審気な気配を示したので被告人らはこのまま押込めば直ちに警察等に通報され失敗に終ることを危惧して引返したものであり、十月十八日は上林、石川は山本邸角を右折し、宇佐美、福嶋は小松フク、柳田勇彦邸角を右折して相共に裏木戸の前まで接近して行つたとき偶々附近路上に島津家の方を眺めている通行人がいたため犯行を警察等に通報され事が成就しないことを危惧して引き返したものであるに過ぎず、被告人らの所為が右程度に止まるものである以上当裁判所の見解もまた原審のそれと全く規を一にし、未だ営利略取罪の構成要件である暴行又は脅迫等により被害者の意思に反してその生活環境から離脱させ自己又は第三者の事実的支配下に置くという行為の一部が開始されたとか或いは構成要件に密接する行為が具現されたとは解し難いと解するものであり、所論摘示の各判決の如きはいずれも本件を律するに適切ではなく、この点に関する検察官の所論は理由がなく、原判決の見解はこれを支持すべきものと認める次第である。これを類似の例証についてみるに、強盗、殺人、放火等の犯罪を企図し兇器を携え或いは放火の準備を整えて目指す相手の邸宅に接近するという場合においては各予備罪の成立があることは疑いはないであろうが、たとえ如何様に周密な計画を練つた上であろうと行為がその限度に止まるにおいてはこれを各強盗、殺人、放火罪の構成要件の一部実現ないし構成要件に密接する行為が行われたとして各犯罪の未遂罪が成立するものと解するに由がないと等しく本件営利略取罪の着手があるとするためには、如何に明確な犯意を保持し、用意が周密であつても、兇器等を準備し他人の邸宅に接近した程度では右各罪において許されない解釈が営利略取罪の場合には許されるという特別の理由があるとは解し難いといわなければならない筋合である。
次に所論十月十六日のいわゆる追跡行為についての公訴事実の要旨は、被告人上林、同石川、同宇佐美、同福嶋は共謀の上夫人が自動車で外出するのを待ちうけて追尾し、路上でその運行を妨げて停車させ、被告人上林が運転者席へ同宇佐美が助手席へ、同石川、同福嶋が後部席へ押し入り、それぞれ夫人の自由を奪つてこれを略取しようと計画し、同年十月十六日午後二時過ぎ頃、夫人が独りで自ら自動車を運転して外出するや、日本刀、ナイフ、針金、麻紐等を用意の上、上林が運転し、石川、宇佐美、福嶋が同乗した自動車で前記夫人の運転する車を追いかけ、前記島津家より同区上北沢二丁目五百十六番地先路上まで、約七粁の区間を約二十分間に亘つてその機会をねらいつつ追跡し、夫人を略取しようとしたが、右区間中の道路幅員が狭隘で且つ対向車輛等があつたため、夫人の自動車を停車させることができぬうち、これを見失つたため、その目的を遂げなかつたと云うにあり、これに対し原判決は被告人四名が十月十六日午前十一時頃東京都世田谷区玉川上野毛町百十番地島津貴子方居宅附近に赴き午後二時過頃同女が単身自動車を運転して外出するや被告人上林の運転する自動車でこれを約七キロメートル約二十分間に亘り間隔約十ないし三十メートルで同区上北沢二丁目五百十六番地先まで追尾したことは証拠上これを認めることができる。但し検察官は被告人四名は同女の車を追尾して途中路上においてその運行を妨げて停車させ全員で同女の車に押入り同女の自由を奪つてこれを略取しようとの計画で右追尾行為を行つたものであつて右共謀は追尾行為開始前に成立していたというが、当日の計画として同女の車を追尾して途中略取する方法をとるとの共謀が成立していたと認めることはできない、右共謀は右追尾開始後において被告人らの間に車ごと同女を略取するという趣旨において暗黙の裡に成立したものと認め得るとしたことに対し、共謀成立の時点に関し明らかな事実の誤認がある、被告人らが島津貴子の運転する乗用車を追跡して車ごと略取しようとの共謀は追尾開始前に既に成立していたものであると主張するのである。
よつて本件記録を調査すると原判決挙示の各証拠によれば、右略取の共謀すなわち夫人が自動車で外出するのを待ち受けてこれを追跡し、途中人車の往来のない恰好の場所に到つた際、その運行を妨げて停車させ一同で夫人の車に乗り込みその自由を奪つて車ごと略取しようと云う共謀については、十月十六日追尾開始の時点においては、被告人らの間に、夫人を車ごと略取する方法として、前記島津家附近で夫人の車の出がけ或いは帰りを待ち伏せしまた夫人の車を追尾して途中略取するなどの方法がある旨話題となつたことがある事実を認めうるに止まり、当日の計画として夫人の車を追尾して途中これを略取する旨の共謀が事前に成立していたと認めるに足りないことは原判示のとおりであつて、所論に徴し記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を斟酌しても原判決には右点の認定について判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは認め得ず、所論は証拠の取捨選択に関する独自の見地よりする論難であつて採用することを得ないというべきである。
二、次に、所論は原判決が、「被告人四名は、十月十六日午後二時過頃夫人の車を追尾しはじめてのちは、途中前記のように適当な場所と機会があれば、上林の指示のもとに、その際その場で略取決行に及ぶことを決定した上、夫人の車を追越すなどして停車させ、全員でこれに乗り込んで夫人を車ごと略取する旨の共謀に達していたが、他より発見妨害され、或いは警察に通報されるなどして不成功に終ることのないよう上林において右のように略取の企図を決行するに適当と思料する場所及び機会を探し求めつつ追尾を続けたにすぎず、砧公園附近に差しかかつた際も、被告人らは地理的条件は恰好であると考えたものの、現にその場において夫人を略取しうる情況であるとの判断には至らず、その結果、自ら車を運転し略取の意図の決行に移るかどうか、その決定の鍵を握つていた上林は、略取行為にかかる意図をもつて夫人の車の横又は前に出るため、殊更に接近するなどに必要な具体的行為にすら出ようともせず、それまでと同様の状態のまま追尾を続けたすえ、その終り頃に至つては、上林、石川らにおいて追尾略取決行の意思をも失つていたものであることが明らかである。すなわち被告人らの追尾行為は、その犯意の内容と行為からみて略取実行の着手に至る前の段階に属し、その場で即刻犯行に及びうると判断して犯意を直ちに実現する決意の下に相手方に襲いかかろうとする態勢をとつた如き場合とは段階を異にする、被告人らの追尾行為がそのような緊迫した態勢に至つたと認めるに足る証拠はない、なお、このことは仮に被告人らが兇器類を身に帯びていたとしても同様である。」とし結局被告人らが略取罪の要件である暴行、脅迫に及んだことについてはもちろん、これらに接着する行為に出たことについても証明がないことに帰する旨判断したことに対し、右場合においては被告人らの共謀が追跡開始後に成立したものとしても、被告人らが兇器、道具類を用意して夫人の自動車を停車させる機を窺いながら追跡した行為は略取罪の構成要件該当行為に時間的、空間的に最も接着し、内容的実質的にもこれに密接する行為ということができ、優に実行の着手があると判定すべきであるのに、原判決がこれを否定したのは法令の解釈、適用を誤つた違法があると主張するので按ずるに、原判決によれば被告人ら特に被告人上林は当日追尾開始後近くに人家や人目がなく、追越可能の道幅のところで、人の通行や対向車後続車の交通が或る程度とだえるなど適当な場所及び機会であると判断したときは、意を決して略取の企図を実行に移すため、自ら運転する車を駆つて夫人の車の横又は前に出るなどしてこれを停車させ全員で乗り込んで車ごと夫人を略取する旨、被告人らの間に暗黙の裡に互に意思を相通じていたものであるが、被告人らは事前に計画を具体的にはかつていたものではなく、また、夫人の行先がどこであるかはもとより、夫人の車がどのような道を通るかも知らず、世田谷区内砧公園附近を通る際、被告人石川はその附近で犯行に及ぼうかと発言したことがあり、被告人宇佐美、同福嶋もその頃夫人を略取するものと考えて緊張していたことは認められるが、被告人らが夫人の車をとめてこれに乗り込むべき場所として右公園附近を予定していたものではなく、その他犯行の場所を予定しておくこともできなかつたことはいずれも証拠上明らかであり、また、右公園附近においては夫人の車と被告人らの車との間には他の車が入つていたものと認められるばかりでなく、対向車や後続車のあつたことも認められ、更に追尾した時刻は昼間の二時過であり、追尾した経路は人車の往来のとだえることも稀な東京都内の公道上であり、相手は自動車を運転中の成人の婦女であるので、自ら車を運転していた被告人上林はその場で夫人を略取することは人目について困難と判断しなお追尾を続ければより恰好の場所が見付かるであろうかと考えそのまま走行を続けたがその後人家がふえ道路の状況もかわつたため当日追尾中同女を略取することは不可能と考えるに至つたものであると認定しており、これら原判決認定の事実関係は証拠に照らしこれを是認し得べきものであるところ、事実関係にして原判決認定の程度である以上、右態様の追尾行為はこれをもつて略取罪の予備行為ということはできてもこれをもつて略取罪の構成要件の一部が実現されたものと認め得ないのはもちろん、構成要件に密接する行為が行われたと断ずることもできないというべきで、原審公判廷における被告人上林の供述によつても、「夫人の自動車との間隔は平均して二十米位だと思いますが、信号燈の時にはすぐ後につきましたし、最高の場合は三十米位あけた記憶もあります。中に一台ほかの車が入つたこともありますし、はつきりは覚えておりませんが大体二、三米から三十米位の間で追尾したと思います」といつており、かかる距離において追尾したこともあるに拘らず犯罪遂行の特段の行為に出ることのなかつた点からみても、原判決のいう犯意を直ちに実現する決意の下に相手方に襲いかかろうとする態勢をとつたという如き行為の段階ではなかつたとの判断は是認されるというべきであり、検察官の所論の説くところは傾聴に値するも事案の特殊性にとらわれすぎた観があり、当裁判所の見解は原判決の見解と異るところはないので、所論はこれを採用し得ないといわなければならない。
これを要するに検察官の事実誤認、法令適用に関する所論は理由がなく、諸般の事情を綜合考察するに、原判決の被告人らに対する各科刑についてこれを相当でないとすべき事由も存在しないので、検察官の所論は総べて理由がないというべきである。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(井波 荒川 小俣)